2012年04月30日

狂猫記 4/30

3秒ルールのうそ

 誰かを招く時、部屋を綺麗にするのは誰でも当たり前の事だろう。
中には汚れてても散らかっていても構わないと無理矢理上がり込む奴も居る。
さして親しくもない上、マナーを知らない奴は追い返す事にしている。
こちらにも予定があるという事を知らない馬鹿者に時間を取られるのは迷惑千万である。

 誰かを招くとき、たまに仕掛ける悪戯がある。
綺麗にした床に<かりんとう>を置いておく。
これは形が不揃いな方が良く、幾つかまとめて置いておくとリアリティーが演出できる。
そして、玄関でこう言ってやる。
「うちには猫が居るから気を付けてね」と。
言われた方は最初はチンプンカンプンなのだけど、次の瞬間凍りつく。
<かりんとう>を拾い「おぉ〜、今日のは一段と香ばしいな〜、健康な証拠だ」と言いつつ口に放り込む。
そして「どう、君も一つ」と言って<かりんとう>を手渡そうとすると、大抵は絶叫し大成功となる。
これの元ネタは昔の<ウルフマンジャックショー>。
伊武雅刀さんと小林克也さん(当時)が演じたネタだ。

 <かりんとう>が原因ではないのだけど、先週後半は腹痛で苦しんだ。
26日頃から珍しく便秘なのかと思うほど、腹が張って張って仕方なく、土曜の早朝には激しく嘔吐。
そして午後にも4〜5回嘔吐。
よって土曜は何も喰えずに過した。
日曜は夕方になりやや回復。
栄養剤やウイダー○ンゼリー、チョコレートを摂取したが、カロリー不足で本日はフラフラなり。
 原因は食中りであろう。
今日は随分とマシになり、サンドイッチも食べられるようになった。
このまま回復して欲しいのだけど、3秒ルールどころか3日ルールなど通用しない季節になったという事だ。
気を付けなくてはいけないと、再認識するのです。
まあ、休肝にはなったが。
posted by Cyber at 16:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月14日

狂猫記 4/14

再会

 今日、一ヶ月ぶりにエル子との再会となった。
先月の15日、救急で搬送してもらい、30分遅かったらダメだったと言われながらも、しぶとく息を吹き返した。
病名は肺に血液が溜まる血気胸。
ドクターによれば2Lも溜まっていたそうだ。
ERに担ぎ込まれた最初のレントゲンでは片肺真っ白、もう片肺真っ黒、、、
これで我ながらよく生き延びたと青くなった。
波形とか造影とか、必要も無いのに半端に読めちゃうと辛いものです。

 約2週間の入院生活は辛かったが、皆さんのお陰でエル子も僕も生き延びる事が出来た。
搬送は自ら電話したのだけど、財布と携帯を持って玄関を開錠するのが精一杯だった。
エル子の事ばかり気になって、うわ言で「ネコが、ネコが」と繰り返していたそうだ。
自分ばかり救出され、エル子を置き去りにしてしまった罪悪感。
従兄弟のネットワークで何とかporonさんご一家に連絡を繋いで貰い、無事に救出して貰えたと聞かされた時は安堵した。
4年前の親父の時も救出して戴いたのだけど、本当にお世話になりっ放しなのです。
poronさん、師匠、Mちゃん、本当にありがとうございます。
エル子は幸せ者です。

 エル子は22時現在、すっかり落ち着きを取り戻し、巣穴に潜ったりホカペでうたた寝しています。
以下はMちゃんが今日書いてくれた絵です。
とても小学生が書いたとは思えない、玄人もどきの仕上がり。
さすがご夫婦のお嬢さん、途轍もない才能をお持ちでした。
将来が楽しみなのであります。
illust_2.jpg
posted by Cyber at 22:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月07日

狂猫記 4/7

ええええぇ〜!?色々

 4月3日は通院の後、高島屋でトイレを借り乙姫に驚いたと、下書きに書いてあった。
ウォシュレット付きで快適なのは良いのだけど、音が出るウォシュレット、、、
大阪のオバちゃんは「今日だけオトコ〜」と言って、混んでいる女子トイレをパスして平気で男子トイレに入れる能力を備えているらしいが、おいらははぐれオッサン純情派なので女子トイレ使用の経験は無く一瞬戸惑う、、
もしかしてぇ、、慌てて立ち便器を確認、、何度もねw
ぇぇええ!?〜、じゃ〜誰が使うの〜
男子用トイレに必要なの、、
 音姫?音秘め?乙姫?
はて〜、、高島屋に電話して真相を確かめるべきか、そっとしておくべきか、、暫し悩む
確かに世の中は日進月歩に進化を続け、男子用ブラジャーも販売されているのだから、音を聴かれるのは恥ずかしいという要望は有るのかも知れない。
若しくはオネエ系への配慮だろうか、、いやいやまてまて、、オッサンの聞き苦しい音を消して欲しいという要望か、、妄想はグルグルと山野を駆け巡り、脛毛を出してピンヒールを履き、腹筋を寄せて上げて、胸毛の上からブラジャーで締め付けて胸だと言い張り、おほほほほほとか、うっふんとかの場面を想像し、おぞましくて落ち着かなくなってしまった。
悩むのも妄想するのも趣味なので、始まると中々停まらない。
で、愉しそうなので使ってみた。
そっか、女子にはこんな秘めたる楽しみが有ったのかと、興味津々。
ところがどっこい、見事な放屁音がこれに勝った。

 さて、うちの乙姫様は嫌がらないで帰って来てくれるだろうか。
Mちゃんべったりになって嫌がったりして。
本当は明日久しぶりに会える筈だったのだけど、おいらが絶滅。
昨夕より息苦しくなった。
16時には仕事で長い電話をしていたのに、今日は電話もスローリーに。
3日には全く平気で肺の造影も綺麗で空気が美味かったのに、今日は息苦しくなってしまった。
 ネットも調べたが、友人の話が一番判り易かった。
気胸の家族を持ち、その友人自身も肋間神経痛で苦しんで来たので、昨夜軽度の肋間神経痛が出た我が身としては相談し易い。
結論は病院に行けだが、経験談も交えて色々と話を聞かせてくれた。
ネットでは、ドレナージをかけたからといっても塞がるのはパイプを通した傷口だけで、出血や気胸の原病巣が治癒した訳ではない。
これには自然治癒しかないともあった。
現に亡くなった友人のお母様も同じ痛みと症状を訴えていたという。
おいらって、そんなに重病だったの、、えええええぇ〜!?、と、なったのでした。
posted by Cyber at 21:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月24日

トンパラ VS ハムかつ教

 過日、食い物だけの事を考えるようになったら(つまり色気を忘れたら)人間は半分お終いであると書いた。
ところがどうだ、今の我が身は正にそれではないか。
 する事もない入院生活。
一日中食う事ばかりを考えている。
中にはAKB48全員の名前とプロフを言えると豪語するクソ爺も居るようだが、自分がH・K・B・48マイナーリーグである事を悟るべきだろう。
 最近、脂っこい料理は避けているが、それでも時々食べたくなるのが「カツ丼」だ。
好みは色々と分かれるところだけど、僕は生パン粉を使った、バリッと剣の尖った衣を纏ったのが好みだ。
北大路魯山人の納豆の食い方宜しく、我が流儀としては、剣の尖った衣以外は許せない。
定食ならば、肉はヒレなど上品なのは選ばず、ひたすら好戦的なロースが良い。
メンチ付きなら尚の事宜しい。 キャベツとご飯のお代わりノルマは2回。
更にしじみ汁もお代わり自由なら、素敵なトンパラとなる。
若き頃は、実際にこうやって暮らしていたから、土日を呪った。
 トン定の定番付け合わせと言えばポテサラであろう。
しかも安っぽい方がよい。
茹でたじゃが芋にスライス玉葱と人参、そしてソーセージ。
このソーセージは魚肉ソーセージが良い。
もしくはタコさんウインナを作る赤い皮のソーセージ。
要は冷めても脂が固まらない事が肝心だ。
そしてマヨネーズばかりに味付けを頼らない。

 究極のトンカツ。
生姜焼き用の薄い肉を使う。
これは薄ければ薄いほど良い。
塩コショウ酒で下味を付けたら、一枚一枚重ねて一般的な形に成形していく。
生姜焼き用の肉ならば身崩れも少ないので、スライスチーズやピクルスを挟むも良し、お好みで何とでもなる。

 対局に位置付けられるカツ、それはハムカツであろう。
これも周りが赤く着色された、マトンなどを主原料にした安物が旨い。
これをロースハムでなどと、金持ちぶったりすると、溶け出したロースハムの脂が撥ねて華麗なる演舞を舞う羽目になる。
 縁日のそれが旨いのと同じで、安物は安物らしく高温でサクっと揚げる。
または、厚さ1cm位のかまぼこ状に切り、串かつ風に揚げる。これにウスターソースをぶっかけてかぶりつく。
頂くなどという、上品な物言いは通じない、昭和庶民の贅沢だったろう。
トンカツが昭和のご馳走の代名詞で主役ならば、ハムカツは名脇役と言えよう。 高度成長期と
posted by Cyber at 15:43| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月23日

入院なう

肋骨4本折れていた〜♪
呼吸不全で運ばれ、AEDもやったなりよ〜♪
生還率15%位だから、今年はツイてるなり。
詳しくはPCにて
posted by Cyber at 20:21| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月11日

狂猫記 3/11

遺恨・悔恨

 この日に何か書き記そうと準備していた。
美しい言葉で何かを綴りたかったが断念した。

 旅立った命も、助かった命も、気持ちを何処に誰にぶつけていいのか。
それに気付いたとき、なにも書けなくなった。
義憤を抱えて旅立った命。
震災と戦争ではテーマは違うが、鎮魂を込めてヘンリーマンシーニの曲を贈る。
http://www.youtube.com/watch?v=16XHfWQ0z9U
追加
http://www.youtube.com/watch?v=nMdBwPCkXGk
posted by Cyber at 09:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月01日

狂猫記 3/1

そして3月

 皆さんは先日の大雪と、どう闘ったのでしょうか。
おいらは、、負けました、、完敗、、撃沈、、救急車呼ぼうか、、死ぬかと思った。
ボロアパートの階段に積もった雪を、塵取りで落としていた昨夜、あと5段というところで足を滑らせて背中で雪掻きをしていまいました。
幸いにも肋骨の骨折は無かった(腫れなかった)のですが、痛くて眠れませんどしたえ。
落ちて直ぐは呼吸も出来ず酸素を使って凌いだのですが、背中の痛みに一晩中喚き散らしておりやした。
 そもそも雪国育ちのおいら、雪にはつおいつもりだったのですが情けない。
階段の上から除雪していったのですが、自分の立ち位置より低い所にある雪を、しゃがんで軟弱な塵取りで落とすという作業は大変です。
腰も痛くなった頃、、あと5段の頃ですね、、下から除雪しようと思ったのが運の尽き、、滑りました。
そもそも手すりが錆と塗装の劣化だらけで汚くて掴めたものではないのですよ。
随分と前から不動産屋に塗り直せと言っているのに、未だに施工されていない。
手摺が使えれば結果が違った筈なのに、とんでもない野郎です。

 あれからもう一年が経つのですね。
早いような、短いような、どちらとも言えない感情が沸きあがります。
11日を前に伯母の3回忌もあり、2月と4月はお袋と親父の命日。
2〜4月は嫌いです。
 08年1月、親父が入院して週に2回は、仙台へ日帰りで往復していた。
勿論、仕事を空けてのことだが、睡眠時間も無くてヘロヘロだった。
自分でアドレナリンを動員して身体を持たせていたようなものだ。
 東京に戻ると主治医から携帯が鳴るし、メールも入る。
点滴を勝手に抜いて治療に従わないと。
なので翌日には、こまちに乗って飛んで行った。
行ってみれば、洗濯して来いとか、下着買って来いとか、クリーニング出して来いとか・・・
仕事を止めて時間を作ってる身、マジで首を絞めてやろうと思ったw
 そんな時の気休めになったのは、内館牧子さんのエッセイだった。
東北大学院で学んだ内館さんの文章には、仙台を愛する気持ちが感じられ、こまちに乗る度の楽しみにもなっていた。
丁度、この頃に見付けたのが仙台駅ビルにある<あさひ鮨>だった。
<伊勢治郎さんの塩>を見付けたのも、この店だった。
こまちに乗る前の1〜2時間を旨い魚と酒で自らを癒す。
板さんたちもすこぶる元気で、色々と無理な注文にも応じて貰った。
特に雲丹が堪らなかった。

 この年の4月、親父は他界し、それから実家の撤去作業が始まった。
家賃は毎月払っていたのだけど、キャンキャンと馬鹿大家が出て行けと騒ぐので、その後分別回収のため仙台往復は車でとなった。
翌年の6月には撤去が完了したが、7月と11月には立続けに伯母達が他界した。
その間に親父の3回忌とお袋の17回忌。
馬鹿女には延々と金を集られ続けた。
 もう、何も起きないだろうと思っていたその翌年の10年、今月3回忌になる伯母が亡くなった。
そして11年の震災。
今度は寺の復興だ。
政宗の時代から建つ寺だから、無視する事はできない。
でも、もう4年、疲れた。
今年の目標として<今年こそ、誰かの役には立たない、自分勝手に生きる>と親友に唸って笑われた。

 そうして想いを巡らせると、人の一生など虚しいものかもしれない。
100歳を越えて生きられる人は限られるし、寺に眠るうちの先祖だって、辿っても400年位なものだ。
人の意識というのは、それほど貧弱なものなのだろう。
60年以上も時間が有ったのに、安全だと嘘をつきながら、また被爆者を出してしまった。
 毎日の暮らしが回って行けば、それだけで良いのか。
これからは、過去に学ぶ事もしないと、更なる間違いを繰り返す事になる。
個々が学ぶ力を身に付けないとならない時代なのだと、書いておく。
posted by Cyber at 13:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月22日

狂猫記 2/22

不謹慎なネコの日

 ラジオでは朝から、ネコの日、ニャンニャンニャンと言い続けてるが、うちのエル子はニャンとは鳴かない。
ミョ〜ォ、ミャ〜ォなので実感がない。
まして俺は<MASERATI 222>の日と言ってますが。
またいつの日か、ガンディーニ・クアトロポルテをと誓いを新たにするのです。
テーマが逸れた。

 大体にして今日はNZ地震が起きて、日本人の学生が20人以上亡くなった日だよ、オッサン(←あっ俺だ)
この専門学校の生徒たちは富山県に住んでいたという。
富山には一番長く続いている友人が住んでいるので、全くの他人事には感じられないのです。
皮肉な事に東日本大震災で報道も、また我々の記憶も薄らいでしまったが、これを読んで思い出した人、一緒に冥福を祈ってください。

 かの地に想いを馳せ、冥福を祈る。
遠い地で亡くなるというのは、どれだけ心細かったか。
安らかにお休みください。
posted by Cyber at 15:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月17日

狂猫記 2/17

Tribute for Mr.Isejirou

 〜ちょっといい話〜
 かつて書いた、震災によって幻となってしまった塩。
http://ls-physical.seesaa.net/article/193756284.html
残念な事に津波の犠牲となってしまった遠藤伊勢治郎さんが居なくては、この塩は永遠に口に入らないだろうと思っていた。

 ところが、9日のこと。
朝日と毎日の記事に、また塩作りを復活させようと準備を進めているとの記事があった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120209-00000164-mailo-l04
http://mytown.asahi.com/miyagi/news.php?k_id=04000001202090003
伊勢治郎さんのお弟子さん、観光協会、気仙沼市役所が一丸となって行動しているとある。
昔、爺さんがこさえだ(東北弁)窯を作り直し、火加減や乾燥などの微妙なところは、塩竃市の藻塩に学ぼうとしている。
レシピなんてものも一緒に津波に流されてしまったからだ。

 温かい涙が溢れてきた。
一青窈ちゃんの曲<大家(ダージャー)>の「あなたのために、こんなにほら泣く人がいる」という一節を想い出した。
誰からも愛されて生きた、84年の人生だったのでしょう。
僕も感謝しています。
伊勢治郎さん、ありがとうございました。
posted by Cyber at 18:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月14日

狂猫記 2/14

長生きしたいなら読め!

 命令形でご無礼。
有用な情報が入手出来たのでお知らせします。
http://www.rinya.maff.go.jp/j/press/hozen/120208.html
主題はスギ花粉、つまり花粉症と山々に蓄積されているセシウム137との関係です。
スギ花粉に乗ってセシウム137が降り降りる危険。
林野庁は既に調査していたのですね〜
 以下の調査結果をよく読んで戴きたい。
http://www.rinya.maff.go.jp/j/press/hozen/pdf/120208-01.pdf
奥多摩は余り被害は無さそうですが、福島の25万ベクレルには絶句です。
死にますよ。

 ご感想はそれぞれに。
posted by Cyber at 09:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする